死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

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『弓』 (2005)  キム・ギドク

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ごめんこの前の勢いのままに連続投稿を試みようとしてたのに卒業アルバムでもし俺と彼女がつきあっていたとしたら、といったもしかして脳内ゲーム活動パート2が活発におきてしまって収拾がつかなくなっていたので映画の思い出を辿る会が中断していましたこれもぼくの不徳といたすところでございますおちんちんを見せるから許してねペロン!
ということではっきりいま言えることはこの前以上にもはや記憶を呼び起こす作業はイッツデンジャラスということでありましてこの映画はとてもおぞましいでしたような感じだったように思います
そして言うなればおぞましいのは情熱のことでこんなにまでもおぞましい真剣さを見せられるとたぶん誰もが例えそれが年端もいかない女の子であったとしてもこの人しょうがないっかなちょっとくらいならおっぱい触らせてあげてもいっかな的なこの人すこし可哀相目線で見てしまうという間違った意味での寛大さの解釈をしてしまうほうの路線で気を許してしまうことがありますけれどもそのちょっとだけ許すというそういう小さな親切な心を地球上の女の子全員が持っていればたぶん老人の優先席とか殺し合いになるくらいものすごい譲り合い合戦がおきるとおもうしましてや性犯罪とかなくなるおもうし満員電車で揺られながらついでにおっぱいも揺さぶってしまうといった手順で最終的に痴漢の執拗な手の行き着く先がパンティーの奥深くの茂みに滑り込む直前、かんがえてしまうことが一瞬今日のパンティーはあいにく可愛くないといった理由でやはりその手を押さえつけていやよとかたくなに拒否をするとかそんな違う意味での拒絶をしてしまう、そんな男女の思い違いがあるくらいがちょうどよいそういう世界であって欲しいっておもうわけですがそれも考えてみれば誤解ということであるしだけどもそれはとても平和な気持ちでもあるしなにより健全でいいことだとおもう先生それまちがってないとおもうなつまりおぞましいっていうことのその迫力と真剣さはつまりある局面ではみせてはいけないっていうことで真剣さは思いのことであるから許せてもその迫力をともなった行動になってくるとちょっと怖いというかつまり有害区域に達するということでやはり本気さには綻びがあったほうが女の子としてもしょうがないっかな的な気の許すことによる自己弁護機能が有効にはたらくことのエクスキューズを取り出しやすいのだがそこに本気さが加わってくるといかんせんそこは許すとかの次元ではなくて勝ったとか負けたとかの話になってくるのでこれは女性としても負けたとはいいたくないわけであるのでやはり男としては勝たせてあげたといわれるくらいのかんじになってしかるべき所存であるようにおもうわけであるのでした141点
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『ゆれる』 (2006) 西川美和

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この映画のすごいところはゆれるのは感情でもなく吊り橋なのでもなくあくまで物質としてのおっぱいが淀みなく上下左右に揺れ動くことでゆれることの意味を本質的に表現してしまっていることだ
なんてことだろうかおおきなおっぱいとは単独では不本意ながら自制の効かない不安定な存在である。それを評してワガママなおっぱいだなあってぼくはひとこと言ってやりたい。対してちいさなおっぱいはその単体のみでの表現の術を知らない代わりに(いやだからこそ)揺れ動くことで物質的な躍動の迫力をイコール権力だとの誤った認識が広がりを見せ始めた飽(虚)乳の時代に対するアンチテーゼを手にしたのである。どっちが偉いかはいうまでもあるまい。
偉いのはいつの時代もおおきいに決まっている。
小さいほうが勝った時代なんてぼくは知らない。あるとしたら革命。
そう革命のときだけだおっぱいが揺れ動かなくていいように固定するタイプで機動力を増すことに命を懸けていたのは!まったくなんてワガママなおっぱいのラストダンス!そういうのは不誠実さの表象とみなして死刑でいいんじゃないかっていうねなんて革命的!
いやしかしどうだろう。ちいさなおっぱいは能力以上に権力を振りかざす事を不誠実だとの認識を先天的なセンスのもとに理解している。日本人の奥ゆかしさとは本来そのことを指した。日本人は奥ゆかしかった。
過去形であることに読者は気付くべきであり巨乳は概ね馬鹿だとの正しい認識が広がりを見せ始めたのは1992年の夏に端を発している。
しかしいつの時代も、小、中学生を中心とした思春期ムーブメント、つまりスポーツブラの堅調な伸びの示すのはスポーティー性はおっぱいという名の空虚な権力を封殺することに主眼がある。スポーツする女性はその揺れ動く動作の稼動域を最大限に発揮してしまうが故の不本意なエロスを振りまいてしまうことで有名だがスポーツブラという固定と抑制を目的とした器具を装着するときにおいてのみ革命の炎は正当とみなされるのである。
無論ちいさなおっぱいはそもそも動かない不動の意志が突き刺さっているので体操着はスポーツの祭典の意味しか持たない。それくらいスポーツの圧力はときにエロにとって脅威だ。
そんなスポーティー性でもってしてもはみだしてしまう規格外のバスト、それはまったくワガママなおっぱいなので同様に死刑に処されるべきなのであってエロスに生み落とされた死体と対峙する検視官の恍惚と不安、それは想像に難くない。精液が検出されることでやっぱりおおきなおっぱいはこれだからって思われても仕方ない。大きいことが権力と直結するとは限らないのだ86点

『ユナイテッド93』 (2006) ポール・グリーングラス

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すごかった
こんなにすごいのも久しぶりだった
なにがすごいってもうすごい眠くて何度となくダウンを奪われたけど最後のほうはすgぴいつのまにか乗客も必死にがんばっていたのでがんばれーがんばれーって言いながら(俺自身も!)見たけどまあ世の中の絶賛がわからんでもないけどそんなに凄さが伝わってこないから不思議だ。
厳かな呪文めいた経典を唱えるオープニングに包まれながらの静かな決意表明の顔と表情はまるですばらしい予感に包まれた決死者たちの日常に尿道が摩擦したしこれはすさまじいテロリーな話だと思いきやあまりのその日常が日常ですので意外と興味が続かなかったというかもうその後はすごいねむくてもう実際問題しどろもどろだ!というかユナイテッド93っててっきり僕あのワールドトレードセンターに突っ込んだ当該機だとおもっていたからいきなしお先に突っ込んだ映像出てきてるしおいおい早速ですか!っておもってもう実は3機もあすこにつっこんでいたとかいう新発見をご披露はじめるのだとしたら、なんてすごいトゥルークライム!って一瞬おもったけど、ああ、あの途中で挫折した飛行機そういえばあったねっていう、そんな感想!というかなんか結局のところ俺あの飛行機は打ち落とされたとおもうんだよね米軍に!っていうあたりまえのように思いつくそんな陰謀説を打ち消すためにあたかも用意されたかのような最後のコメントがなおいっそう不信の限りですけれどそれら一切の作られた悲劇であるか否かの理由によって左右される部分の評価と総体の映画の評価とは必ずしも結びつくものではないのでぼくは映画に含有する真実の累計を問題視しないんですけど逆にあれは撃ち落とされているんですけどねえみたいな内容だったほうがテロリストはかわいそうだったよね40点

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