死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

logs

『絶対の愛』 (2006) キム・ギドク

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なんかあほみたいな話でしたのでけっこうパワーあって最後車にくしゃって轢かれましたので悲惨すぎてさすがに笑った
んでこれはなんかあれだった思い起こすのは安部公房の『他人の顔』ですけれどつまりは個の判別のもっとも原初的な手段は顔の認知に拠るものであるとすることへの批判、要は火傷で顔面原発ケロイドになった男が男前の仮面を貼り付けて他人(の顔)に成りすまし逃げた妻を再び押し倒すことに情熱を傾けるも他人(の顔)の自分の誘惑に同意し股間を開く妻に憤るというだったら一体何をしたいんだっていう
つまり男は他人の顔であるが故に妻はその男前の顔に惹かれ誘いに乗ったとの思い込みのもと結果として他人(の顔)に成り代わった自分自身をも憤激の対象に加えるが実際の妻の誘いに乗った理由は男の思い込みのそれとは異なる
妻は顔での区別を個の区別としてないからであるからで男の誘いに乗った妻は彼を他人の顔をした夫と気付いたうえで、あえて他人の顔故に以前の夫ではなくなった夫だとの認知に着地するのであって対して男のそれは表層的なペルソナとしての顔の認識基準に固執するあまり顔の本質を理解しないという世俗的思考の域を超えない状況を批判するのである
それと同様の構成を性別を反転し目論むのが絶対の愛であるがはっきりいって失敗している
というのもなんで『他人の顔』の妻が他人の顔をした夫を単に他人の顔になりすました夫であるかを容易に判別可能であったかといえばそれはおちんぽが健在であったからだ
おちんぽほど個性豊かな色彩溢れるドリームはないからだ
よほど顔より個としてエネルギッシュであると断ぜざるをえまい
女はおちんぽで男を区別可能
男は逆は無理
おちんぽほら出っ張ってるし絵にかけるほどのシンプルでストイックな構造に対し
女でっぱってないしよく見てもわかんないしだから
そう恋人に飽きられまいと絶対の愛の女は整形手術をして他人になりすまし恋人の男を再び誘惑する
彼女は整形美人である自分に対し誘惑に乗る恋人の行動は整形した美人の顔であるがゆえに惹かれそして裏切られたと思い込む
はっきりいってありえる話だ
おっぱいでも見ない限りはなかなかに気付かない策略だ
陰謀といってもいい
問題はここからで男も整形手術をして彼女の前に現れようとし始めるともはや彼女のまえのありとあらゆる男が彼に見えてしまって更にはおちんぽ見ても気付かない始末で手に負えない
いやおちんぽ見たら普通気付く
顔どころの騒ぎじゃないほど区別くっきりはっきり判決してるはず
60点
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けしからん豊乳

最近はというと僕おこりじぞうが見たくてしょうがないんですけど思い起こせば僕人生でいちばん初めて感動記憶の原体験とはおこりじぞうではなかったかと思うんですけどどうでしょうかということでその確認のためにもおこりじぞうをみなくちゃいけないと急き立てられている感が日に日に増していますけどもユーチューブになくてひどい
あのセルロイドの質感といい異常にこわくて凄まじい感動のビッグウエーブは精通の高揚とも酷似する!
あとカマキリ先生のインガクの沢田がぼくの理想とする女性であるような気がしてこれもまた切なく悲しみのディスティニー果てしないほどの異形のどこまでも屈折した遺伝子レベルで交叉することのない愛の物語であるしすごい
後上さんも好きです

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『蟲師』 (2006) 大友克洋

これを塩田明彦が撮ってどろろを大友さんが撮ればよかったんだろうけどべつに基本的にどうでもいい内容だったんだけど蒼井優が事件性あるほどに可愛くて困った
29点

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