死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

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『ヴィレッジ』 (2004) M・ナイト・シャマラン

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こり傑作。だって手つなぐとドキドキするじゃん。ちゃんと掴まってますからとか言われてみ。死ぬね。そこまではさすがに言わなくても握り返されたらますます握り返してやってもしくは握りつぶしたいじゃん。ホオズキ男みたいにぎゅーと、ってなるじゃん。心臓わしづかみじゃん。心臓を直接わしづかみだったら心配停止の危機にダイレクトな心臓マッサージが可能なほどの揉み揉みの奇跡じゃん。心臓がドキドキってつまりそれと同程度の奇跡ってことじゃん。けっこう左手にぎると血管が脈打つドキドキが伝わってきそうっていう感覚はもしかしてぼくが心臓に接近中なばかりに血流を感じ取れてそれってつまり鼓動をより近くで感じ取れる特典がついてわーいうれしいっていう感動と同じという結論でいいですかって先生に詰め寄る優等生の感想じゃん。教壇の下のなかの空洞にはいりこむとなんか不思議なイメージって広がったじゃん。授業をどうせならあそこから受けてみたいって思ったけどそれは男子教諭の股間を直視せざるをえないという危険と隣り合わせのデッドオアアライブじゃん。それってこの受験戦争のご時世に必勝のハチマキして竹槍で突撃訓練してしまうくらい追い詰められた心境じゃん。でもそんなところにさえ文明捨てても理想な俺でありたいと思うのってしごく健全なことじゃない。恋って本来はそんな健全なものじゃないほどいい匂いするじゃない。いや、しないじゃない。でも、してもいいじゃない。もしくは、すればいいじゃない。この子のためなら死んでもいいかもいやだめかもとか思いを巡らせてドラフト2順目で逆指名ってかんじじゃん。おれおまえを逆指名するぜって言いたいわけじゃん。でも指名されたほうはされたほうで実は困るじゃん。でもその困り顔もまた見たいって話をさっきからしてるわけじゃん。だから困る顔みるのもまたすごくよかったりするけどしないともかぎらないじゃん。そこがドキドキの境界線上のあやうさ的じゃん。だから逃げるのって時に肯定的なことじゃない。そうじゃないとコマンドのひとつににげるは最初から加わらないわけじゃん。でもそんな時の敵にまわりこまれた!っていうときの絶望ってすさまじいエロスじゃん。ほとんどあと一撃で死ぬっていうがけっぷちの時に逃げる選択するじゃん。でもそれでもまわりこむってなんて優しくない神経してるのってそれはまるでメタルスライムに回り込まれたときの衝撃とおなじくらいのあれじゃない。でもなによりすごいのはその後の死へのカウントダウンで敵の再攻撃をおもわず避けてしまうっていうこの攻防の感動の波じゃん。まさに波状攻撃じゃん。でここで問題が会心の一撃を期待して攻撃に移行するかやはりまた逃げるかっていうあれじゃん。おれは間違いなく逃げるを選択するわけ。なぜならそこに逃げるコマンドが設定されてるっていうその可能性の美学に頼りきってみたいわけじゃん。だから最後まで逃げ通そうとするこの話に人間かんじるわけじゃん96点
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