死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

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『エトセトラ』 (1966) ヤン・シュヴァンクマイエル

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フロッタージュやステンシルの技法を使ったというのが見どころらしいんですけどフロッタージュとかステンシルっていうのが僕なにがフロッタージュかステンシルなのかわからないのでどこがフロッタージュでステンシルなのかはわからなかったですけど終始不思議なかんじでしたのでこれがフロッタージュとステンシルかなあっておもいながら見てたのでまるでフロッタージュでステンシルでよかったかとおもいます。
そしてこれはファミコンみたいな音を潰して圧縮したみたいなブリブリした不穏な機械音が神経に呼びかけてきてとても不安感を駆りたてていて実に不気味でよかったとおもいます。そして「翼」「鞭」「家」の3つのエピソードで構成されているのですがそれぞれある一定の行動が始まりも終わりもなくずっと繰り返されていてなんかいつのまにか何回も繰り返しているという事態に一瞬わけがわからなくなってたのしいです。何回もおなじことを言うひともそうですが何回も同じ行為を繰り返していることは基本的にこわいですしその何回も繰り返していることに本人が気づいているかどうかもまたこわいことでもあります。なかでも「鞭」の人間が動物に鞭をふるっているのが鞭がピシピシいうたびに人間が動物に、そして動物が人間に変わっていき、立場が逆転して同じことが繰り返されるのがなんか頭おかしくなる。なんかいつのまにか同じことが繰り返されていてそれの出発点の境目がわからなくなるというのがじつにこわい事だと思います。ましてや終わりなどわからないのですしやはりそのことに当の本人にもわからないというならば本人にはなりたくないなあという感想でした79点
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