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『アッシャー家の崩壊』 (1980) ヤン・シュヴァンクマイエル

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おおおおこれはエドガーアランポーの原作はおれ小学校の図書館にあったから読んだことあります
なんていう潜るのがもの憂い寂寞とした憂鬱と想像力な世界でしょうか
アッシャー家に纏わるこの解きがたい神秘の力を分析することは我々の知力ではとても敵わないだろう。重量感とこの景色の個々の事物のこの画面に配置されたあらゆるもののその配置をただ変えるだけで沈鬱な印象を人に与えるというのは一体これは黒々とした無気味な沼の険しい戦闘力と戦闘竜と1,000頭の険しい灰色の菅草と朦朧とする樹幹や虚ろな口のような無数の窓などが水面に映っている倒影を見下ろしてもやはりそれはおそろしい息苦しい奇怪があるだろう
椅子や扉や瓦礫や机はそれがあたりまえの平凡な物の形をしているにもかかわらず自分の心に煽りたてる空想のあまりの不気味には悲しみの空気を呼吸しているのを感じずにはおれないしその灰色と黒い疾患の癌細胞のように増殖を繰り返し領土を拡大し続ける壁の斑点と黒い塔とそれらのものが見下ろしているゴス黒い粘土質のドロ沼との形象が男の精神に齎す効果を予想するは容易だろう
男の空想はすべての無機物が知覚力を有するということにまで発展するがそれは彼の先祖代々の家の灰色の石と関連しているという。彼の想像によると知覚力の諸条件はつまりはこれらの石の配置の方法のなかに、いや石そのものの配列のなかに備わっているわけでそれを証明するのは他でもないとりわけこの配列が長いあいだ継続されてきていてその結果としてそれが沼の水面に歪な影を落しているということのなかに備わっているのであるといえる。その無機物なイニシエーションなシチュエーションに知覚力があることの証拠とは不気味に変容し朽ち果てる壁や身投げするように窓から飛び降りる椅子などで表現されるのである。なんていう圧倒的な光線でしょうかぼくは大変ご満足致しました589点
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