死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

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『エレニの旅』 (2004) テオ・アンゲロプロス

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なんか何気に2秒ほど気を失ったりもしたけど画面変わってないので多分大丈夫だとおもいます。
つうか俺がアンゲロプロスを崇拝するのはなんでかっていうといきなし常軌を逸したファンタスティックな場面が出現するのがもう圧倒的であり息を呑み硬直させる権力が振り下ろされるのにぼく自身が厳粛なお気持ちに矯正されるのであってそしてその長回しの単調な日常のさなかに突如バイオレントな異空間を出現させられた時にはっとしてぎゅっと(隣の人の手を)するのであってそれはおそろしく感動的な瞬間だしそしてそれはやはりおそろしい
しかしこれはどうだろうこの映画ははじまりに難民の姿が川面に揺らめきながら逆様に照らし出されるその幻想的な場面がもはやすべてを象徴しているといっていい。
河はアンゲロプロスでは重要な意味をもつがそれはここでも国境であったりあるいは祖国を分断する境界としてさらには民族の分裂から仲間や家族との別離といった場面において登場する。そしてエレニの言う『河の始まりを探しにいこう』という言葉にあるとおりいつになく水が膨大でぼくのこころに洪水を攻撃してくるので結果としてぼくは
寝た一瞬。そのくらい水圧が強くて現実逃避したいくらいにぼくは目を背けたかったくらい悲しい出来事が満載に搭載してた。それは河の始まりはひとつなのにいつのまにかいくつにも分流しぼくらのそばを流れて横たわっているまるで他人事のような死体と共に時に枯渇しときに氾濫し水没させるがそれは分断した民族とは始まりはひとつなのにいや人間の起源とはそもそもが人間であるという前提においてひとつであるのにいつにまにか分裂しそして紛争する
僕ら日本人はこれほどまでに映画で執拗に描かれなければならないほどのギリシアの悲惨なトリロジーなんて知らないがしかしそんなおおきなことでなくてもたとえば隣人を刺し同級生を刺し親を刺す社会にもいくらでも共通を見出せるだろう民族はひとつであったのに分裂してしまうのと家族とはひとつであるのに兄弟が分断しそして戦わなければならないのはつまりおなじことである
ただそれだけだ
そうねなんかこれただそれだけのわりと普通な映画になってる気がするのですつまりファンタスティック度がいままでに比べて飛躍的にすくないのでぼくはねむくなるこんな普通な
でも3部作のうちのひとつめだからたぶんこれから異常な場面多発するでしょうそれはしょうがない100点
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