死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

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『ソドムの市』 (1975) ピエル=パオロ・パゾリーニ

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冒頭からその後の阿鼻叫喚を予見させるヌルいサウンドで僕の心は勝手に盛り上がりますあらあら整列させた美声年軍団のラインナップはさすがお目が高いおまえの花を散らす!お前が!泣くまで!殴るのを!止めない!
ということでどれもこれも美男子勢ぞろいなのはこれあからさまに公私混同見え隠れなのですがそれに比べておまえこんなにがんばった挙げ句にこの縮れげぽちょむきんですか?といった明らかに見劣りする女性軍にやる気なくす俺様
でも、男子は男子で前をはだけろ、の命令におもむろに股間までさらけ出してしまわれた大胆さには命令した方も、なにもそこまで…!!といった思わぬ伏兵の登場といったかんじで圧倒であります。あら、おいしそうな乳首だこと!くりぬいて私の乳首と交換しようかしら。それとも合体して重ねづけの迫力で勝負を挑もうかしら。あらまあ。みたいな
というか久々みたけどなんてきたない!いつになくきたない!いつの時代もきたいなってかんじでうんこ食ったりうんこ食わされたりととてもとても汚い生活が広がります。ということでこれはなんていう政治な空間の映画なのでしょうか4人の権力者によって集められた極めて匿名度のたかい16人の少年少女がかわるがわるさまざまな鬼畜行為によっていたぶられて悶絶する大会が延々とくりひろげられますがこの匿名性こそが大衆を意味するのであり男色の示す後背位の位相のその犯されるものが犯すものに屈服させられる図には権力者に大衆が服従する意思が効果的に読み取れますああこの子達は最期におまえたちの犯した罪を思い知るがいいといわれ目玉をくりぬかれたり頭皮をズル剥け脳味噌ぱっくり丸見えにされたりしますがサロという支配と従属システムに声をあげるまでもなく一切の抵抗もなく従順に参加したことそれ自体がもう既に罪でありファシズムに加担していたともいえるのであり犠牲者に罪のない犠牲者はいないという批評でしょうかたしかに幽閉前に逃亡した少年は銃殺されたとはいえそれは英雄的な死に様として死体は清らかに散らかりましたああまったくこんなうんこを自分で生産しそれを自分で消費するこの不毛な再生産の輪姦はこれはいったいなんてぼくらの時代なのでしょうか点数とかそういうのいうなよ
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