死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

logs

『es(エス)』 (2001) オリバー・ヒルツェヴィゲル

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なんか擬似刑務所のような設定で「囚人役」と「看守役」にわかれてのそれぞれの人間の極限状態の心理考察みたいな実験するんですけど実際の刑務所内のほうが断然ひどくなってる有り様なはずなのにあんな3日かそこらでなにも腕立て伏せさせられたくらいで人間は狂うかねという話だよね。というか刑務所ってそんな極限状態を作り出すほどの空間でもないと思うんですけどそんなデータが常識化してしまったらあれだ例え罪を犯した人間ではあっても7日以上の拘束は無理とかいうすごい新発見ということに。だいたいそんな腕立て伏せが強烈に心に深い傷を刻み込んでしまうような繊細な弱い人種たちの特殊な心理戦とかすごい参考にならないんですけどこれ人選がそもそも間違っていたという解釈でいいですか?そんな刑務所で菊門をこれでもかと拡大させられて出血している実際の受刑者の皆さんはそらもう現場復帰不可能なくらいに間違いなく全員狂うよとかいう結果が導き出されるはずなくらいにこの実験間違ってると思うんですけど。だいたいガス室大量虐殺とかおしゃれな部屋を考え出した鬼畜頭脳のドイツ人らしくないやさしい発想がみちあふれているよね。これ暴力が許可される大前提のもとにこそ人間の徹底した服従という心理図式が成り立つはずなのであって看守とはそもそも暴力的であるべきなのです。バイオレンスの無い看守なんてただの普通の人となんら変わらないのです。暴力なくして秩序はうまれないのです。看守がただの人と違うと認められるべき唯一の差異はそこに暴力が存在するからこそです。差異は階級をうみます。階級を秩序立てるのは暴力です。囚人と看守を区別するものそれは暴力的な権利を有するかどうかなのであってそして生産的な暴力を駆使することができるというのはまさに看守の特権といえます。その魅力的な権力のためにこそ男は全員看守を目指すべきなのです。卒業文集には将来の夢はパイロットか看守になりたいとおもいっきり書くべきです。そこには夢があるからね。暴力には男の子の夢が託されているからです。だから徐々にバイオレンスを獲得していく看守役の人たちはその実験によって予め設定上剥奪されている暴力的な役割機能を取り戻すという行為によって肉体に内在する人間の本能的な夢に向かってつっ走るのですそれはある意味で社会に剥ぎ取られた人間らしさでもありつまりは人権の奪取の旅であるともいえます。人権無視な行動に移るにはそもそも人権を持たなくてはならないからです。看守は暴力によって自らの人権を再確認するのです。そして暴力には自ずと権威が付随します。だから暴力のもとにはみな服従するのですっていうもうめんどくさいので適当な結論でいいですか58点
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