死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

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『マッハ!!!!!!!!』 (2003) プラッチャヤー・ピンゲーオ

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ちびっこ達と一緒に見てきたよ。というかちびっこ達に囲まれてたよ俺。なので小学生にナメられたらいけないので僕もちびっこ目線でちびっこ解説付きでがんばって見てきました。しかし最高だったねなにあのまるでスター性の無い顔は!おまえなんだその顔!その辺のタイ人の群衆と同化して危うく超人だと気づかないじゃないかおそろしいよ。タイ人はおそろしいよ。肘鉄をあれほど駆使する人間はじめて見たよ。でもって敵とかが奴の攻撃当たるの覚悟する時の一瞬見せる悲しい顔がおもしろいよ。ああいうのを覚悟したときの顔といいます。二世紀に一度訪れる顔です。ぼくは一度だけ4年前の夏の日に見たことありますあんな顔。
しかし半端ねぇよトニージャー。だいたい村の女子からお守りにもらった指輪なんて他人にあげてるしおそろしいよ。確かにあれはいらない。いらないけれどあれをあげた女子の気持ちのことなんて微塵も考えないトニージャー!強いぜ!格闘家はさすが優先順位が一般人とちがう!しかしなんて標準的なタイ人顔で生まれてしまったんだあれは整形してスターなるべき。あんな顔のタイ人よく出稼ぎで日本にもそのへんゴロゴロいるからトニージャー来日しても誰も気づかないよおそろしいよ。いやちがう!ちがうんだ!あの顔がいいんだ!なぜならヒーロー像とは本来の日常生活圏内の町での風景のなかですべからく一般人に溶け込み敵の出現と共に隠し切れないそのパワーで殺人的なフル稼働をするのが定説。あの標準タイ顔は仮の姿でありキックを放つその時がヒーローへの変身であるのですからトニージャーのあの顔は合理的です整形してスター然としてしまったらだめなんだ。ヒーローがおよそ正体を覆い隠すために努力しなければ日常生活では超人パワーを抑止できないハンサムボーイが常なのに対しトニージャーはなんの努力もなしにその貧困ルックがタイの猥雑な風景に自ずと溶け込ませるのですけどかといって力を隠す必要があるのかというとそれはムエタイは立ち技最強格闘技遺伝子殺法だからです。人を殺めるのに心がいたむのは彼の顔見ればわかるよねあの青臭さは殺人できっこねえですもの。だから彼の闘いには感動があるんですそれは痛みがあるからです。しかも相手の痛みを感じ取ってその痛みを奪うために倒すので心が打ち震えるんだ俺は彼の闘う姿に涙がでそうになったよ。
ということで男の子なら見るべき。そして明日から修行すべき。おれは腹筋いま2万回に既に突入してるよ106点
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