死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

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『コースト・ガード』 (2002) キム・ギドク

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軍隊の訓練風景。これは異形だ。張りつめた筋肉が躍動し飛散する汗と往復する擬死風景とそれらを激しく叱咤する理不尽な命令が等しく全員に階級的な暴力教室で通達されることでもって辛うじて平等主義的なものを形作る特殊世界。
それは世間一般の我々の住む極めて不平等な社会とは異なり一見平等主義的な平等に不平等がある世界。
そこに属し間接的に社会に奉公することによって自らを初めて社会の一員であるとの属性を得、居場所を確保しうる姿は成る程大変な奇異に見えるだろう。兵役が国民の義務に科せられている韓国とはちがいやはりぼくらにとって軍隊の世界がおよそ身近であるとは言いがたい。尚更、冒頭の訓練風景で兵士達が仲良くみんな仰向けで天に向かって激しく勃起している光景がありますけれどこれが軍隊というものの絶対的なディシプリンへの服従を物語っているわけですがもうこれだけでいかに軍隊が過酷かそして現実社会とはちがう特殊セクトな裏社会であるのかがわかるわけでこれ普通に入りたくない。
そしてその軍隊のディシプリンとはやはり世間一般のディシプリンとは異なるために軍人としては正しく順応し適応が出来ていたとしてもそれは軍隊内での適性に過ぎずそれは現実の社会での適応スキルをは意味しない。だからいくら軍隊内で誉められてもそれは軍隊内でのみ有効な文脈にすぎず現実には社会的に些かも評価に値しないのであって任務に忠実であった結果の誤殺の末の受勲も然り。
現実にはこの男は社会への適性能力は格段に劣るわけでしてじっさいはその彼が軍隊に身を置換することで「社会」への適応を間接的に獲得していたかのようにみえたのはそれは軍隊内でのみ行使可能な階級(権力)に依存しているにすぎず、それゆえに民間人を誤射殺した男は社会に戻れるはずもなく脱社会のもとで自分の拠り所であるところの居場所を提供してくれていた闘争に駆り立てられる他にない。
同様に誤射殺されたことによって脱社会を余儀なくされた女との協定によって。
しかしながらこの有刺鉄線によって囲まれた軍隊の訓練(遊戯)風景のある種の異様。それはやはりこの海岸警備隊が仮想する敵が極めてアンリアルなことに由来する。なぜなら実践的な戦闘能力の向上よりも兵を絶対的に蹂躪することにのみ重点を於いた非効率なこの訓練法で無駄に疲労していたらじっさいの攻守に支障をきたすにもかかわらずのこの後先考えない不条理な過酷さにもしおれ北だったらこの訓練後のすぐあとに攻撃し掛けるけどまあそれはいいとしてこれ戦闘を想定しているはずである本人たちでさえいまだ敵の実体について明確には特定できていないのでありそれは最後の消失する境界線のように朧げなものなのであるしその動揺は広くいとも容易く感染するのである62点
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