死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

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『天使のはらわた 赤い教室』 (1979) 曾根中生

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これは期待してたほどではなかった気がする伝説のわりに。というかそんな女教師が正体がすぐさまばれてしまってグレるなんてこの時代はコンテンツが少なくてしかも良質な素材は稀少ですから広くしれわたってしまったなんてきっとこれはそうまるで洗濯やケンちゃんのように日本国民男子ぜんいん見てしまっているのと同じくらいの知名度を誇ってしまったロングセラー人気爆発サイン会をするホテルの窓口にて穴兄弟ってかんじ故の殺生力のある悲劇なのでしょうが今ならきっとけっこうな割合で普通にその辺にでもこのへんの経験くらいはあるはずでしょうからというかそもそもエロコンテンツが豊富で嗜好が細分化されております世界トップ水準の日本のエロですからこの無限増殖の作品の森の中から正解を探し当てるなんて時代は逆にばれにくいのじゃないかしらというかみんなそれぐらい出てるのでばれたところで別になんとも思わない時代なのかもしれないです。いやよくわかんないです。でも自分で望んだならばバレるのも自己責任なわけですからどうでもよいのですがそれを望んでいない本気の被害者にとっては例え忘れ得ぬ記憶ながらもせめて記録は抹殺しておきたいといった過去を持つ身にとって優しくない時代であるのはたしかなようです。一度でも流失したらおわりですもの。でもセクシャルなコーナー行くとたまにこの世にAVでてない女なんか存在してないのじゃないのかしらといった軽い眩暈をおぼえるときがあります。もしくは巨乳以外この世にはいないのではないのかしら、といった危険な錯覚をも呼び起こすおそろしい量産体制は圧倒的です。その状況はうれしいようなかなしいような微妙な感想です。いや多分うれしさのほうが勝っているに違いなんだけどたまに悲しくもなるってことを言いたいのだと思います。でもたしかなのはそんな時代のせいでぼくと手を握った事が一度でもある子がそんな他のぼくの知らない男の人と手を握り合う以上のことをしていたら悲しむよってことだけを伝えたいけど実はそんなお話をぼく耳元で囁かれたら逆に興奮するかもよ?みたいな、男心は複雑キッスです。というかこれは悲劇を経験したせいで逆に自ら堕落することによって悲劇の地平線をまったいらにして傷の個性を幅広い痛みの中に埋没させる自己癒し女の話ですがこれは一番かなしいのはきっとそんな女の姿を見せつけられる、女に思いを寄せ続ける男の方なのです。おんなにとっては今はもうそれが幸せでも男は幸せではないのです。あっちの世界で痛みを麻痺させて生きるのはやはりワイルドすぎるのです家庭を持ってしまった身にはワイルドすぎるです89点
原作は石井隆
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