死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

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『ジュリアン』 (1999) ハーモニー・コリン

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迫力あったなーあの畸形。腕ないから足に腕時計してるんだよねー。やっぱそれも腕ないから足で器用に装着してるのかなとかがんばっててすげーとか思ったりしたけどがんばってる畸形ってなんでこんなにおもしろいのかね。がんばらなくてもいいのにがんばってる人ってなんかファンタスティックだよねというか別に普通はがんばらなくてもいいようなことでも畸形なばかりにがんばらざるをえないという無駄な努力を強いられてるからそこにその行動すべてがファンタジー色に彩られるよね。だからそんな俺簡単にできますけどっていうことでもがんばれるからすごいずるいよね。差別だよね。ということで息子におまえは家族のなかでいちばん母さん似だから母さんのドレス着てみてくれとかホースで激しく放水しながらこの水分を肉体で吸収して体重増加を図って強くなれとか父親のヘルツォークがすごい無理なこと言ってておもしろかったなー。ヘルツォークって畸形と一緒に並んでもまるで遜色もなく違和感もない存在自体が奇怪ですばらしいよねなんか裸にガスマスク装着してるし独り言が迫力あっってすごい良かったとおもうよ。ぼく独り言を聞くのすごい好きなんだよね。独り言を発生している人がいるとどうしても全部聞きのがすまいという大追跡してみたくなっちゃうこれ常識だよね。だって独り言ってたとえ一人でも言い出せずにはいられないくらいの欲求に駆られてるわけですからね。どれだけ話したくてたまらないんだと。だから画面でひとりごといっぱい言うジュリアンはすごい神懸かり的な的中率を誇っていたと思うよねしかも盲人たちとボーリング大会とかところどころ天才的なギャグが炸裂してるし更には聖的且ついかがわしいフリークスの配置がその特殊な身体の欠落による端的な可笑しさみたいなものに僕は笑ってしまうんだよね。だって黒人の白子とかあきらかに神様の命懸けたギャグ的なものとしか思えないような迫力だもんおかしいよねあれはぼくらは笑ってあげないとほんと文字通り体を張ったギャグが全否定されかねないというそれは無駄に畸形なだけに陥ってしまうからね気づいてくれてよかったと思います。97点
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