死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

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『地獄に墜ちた勇者ども』 (1969) ルキノ・ヴィスコンティ

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ひとむかし前の俺であるならばこんなの速攻で大嫌いだと言うに確実視されていたであろうに母さん、ぼくはすっかりこんなにおしゃれな体になってしまいました。自分でも驚くほどに普通に破滅に見とれてた。うっとり美少年の顔立ちとその幼女から熟女というか実の母までの幅広いストライクの鬼畜に見とれてた。夢中だった。鉄鋼所のアイアンクロスが凄まじい殺害塩化ビニール的に反社会だった。滅び行く悪意と憎悪の形容は全てホモセクシャルな叫喚だ。ナチズムの親衛隊の制服の遮蔽幕のかげに軟弱な筋肉を隠匿しあたかも己自身がナチスの威力そのものを体現するほどだと錯覚してしまうくらいに堅牢に体いちめんに鎧を纏い猥雑さを精神の地下牢に閉じ込めるんだ。ここに制服が権力そのものへと変貌するという最も重要な原則を把握するんだ。忠とは私心があってはならない。すべてを放棄して金と権力に精神も肉体も捧げ尽くして個人的な自分は死んで私心は死なすべきなんだ。私心を殺戮した瞬間にナチの子となる。集団に個人はいらないんだ。集団の忠とは私心があってはならないんだそこにはもう自分がなにをすべきかどうかの決断の不安はない。なぜならナチが選ぶからだ。個人が選ぶのではなく集団が選ぶんだ。個人が死んでも個人が滅びる事はないんだ個人はナチという全体主義の集団のひとりに過ぎないからだ。集団が存続する限り個人は永遠に滅びない、そうこれがナチという集団への完璧なる従属。ナチスと美少年はすさまじくお似合いだ107点
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