死球マントラ

全員しぬまで人形かぞえる

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『霧の中の風景』 (1988) テオ・アンゲロプロス

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おごごごごごごアンゲロプロスのくせに眠くない!なぜならあの死にたくなるほどの長回しが終盤以外には多用されず実に軽快な動きだ。やるきがあっておそろしいぜ。フットワークが軽いぜ見やすいぜ。でもだからかあの気の遠くなるような神々しさは半減してしまって足元にひれ伏して靴をぺおろぺろするのが日課の俺にして見ればその点不満ではあるですがそれでも別格の奇跡的な場面が次々と登場してぼくのうきうきは止まらない!止まらないこのうきうきストッピング!その瞬間人々が雪を見上げ制止する!すべては幼いふたりを中心に世界は動いてるかのように自由自在に一時停止だおそろしい!俺の願いが通じたかのようで盗聴器を手探りでまさぐるがその様を監視されてるかのごとく次は盗撮の危機だ!エンドレス!そこに何が映ってる?おれの痴態がまざまざと?その拾い上げた何も映ってないフィルムの奥に空想は無限大にひろがる!霧の中になにが見えるんだ?弟はお父さんは近くに感じるというけどそれは距離感を知らないがゆえの期間限定大人になるまでの子供の特権の幸福だこの世には知らなければいい事がたくさんあるんだ。お姉ちゃんは一足お先に大人になってしまったよ。知ってしまう事は悲しい事でしかないし大人になるというのはそういうことだ。知るというのは限界を知るということ。それは悲しい事だけど悲しみに慣れることができるのもまた大人だよだから幼い二人の移動には物理的な距離空間とは無縁の宇宙をさまよう銀河鉄道行き先不明のかなしい旅だ。過酷だ。世界は過酷だ。でもそれ以上にやさしいはずだ。やさしいはずだと俺は信じたいんだそうでないと霧の中の景色のふたりは悲しみの風景としておれは泣きたくなる。世界はもっと豊かだし、人はもっとやさしい。3900点
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